高松興正寺別院

 高松興正寺別院のはじまりは、もと大和国吉野に在った勝法寺という寺院であったといわれます。後に讃岐へ移り、戦国時代から織豊時代にかけて、三好好賢(三好実休)、十河存保、生駒親正らの庇護を受けます。

高松興正寺別院外観 高松興正寺別院外観

 永禄元年(1558)に、興正寺第16世証秀上人が讃岐へ遊化され、楠川の地(現在の高松市上福岡町)に高松御坊勝法寺の殿堂を建立しました。その様子は「東西五十五間合、南北三十一間(中略)。殿堂すこぶる宏壮、高松別院これなり」(『真宗法脈史』)と記されています。

 

 現在地へは慶長19年(1614)に移転し、広大な境内と荘厳な伽藍の威容を誇り、讃岐における念仏道場の中心としてのみならず、人々の憩いの場としても親しまれ、門前市をなす賑わいであったといいます。

 

 明治22年(1889)に香川県議会が発足してからしばらくの間、県議会仮議場としても活用されています。しかし、昭和20年(1945)、第2次大戦における空襲で伽藍はすべて焼失してしまい、その後の戦後復興に向けた都市計画により、境内地も約800坪に縮小されました。

 

 本堂の再建も容易ではなく、昭和26年(1951)にようやく基礎工事が完了し、昭和33年(1958)に現在の本堂が再建されました。

 

 平成22年(2010)には大改修を行い、翌年に改修落成法要を勤修し、高松興正寺別院は新たな一歩を踏み出しています。

高松興正寺別院へのアクセス

〒760-0044
香川県高松市御坊町2-1
電話:087-851-2852

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