真宗興正派 本山 興正寺

真宗教団連合発行の法語カレンダー、ご覧になったことがありますでしょうか?
毎月一つの法語から真宗興正派・本山布教使の方々にお話を頂く今月の法話です。

合  掌


 今月の法語は、江戸時代に活躍された真宗大谷派の香樹院徳龍師(1772~1858)のお言葉です。徳龍師は、京都の高倉学寮で香月院深励師のもと勉学に励み、越後国の無為信寺の住職を務めた後、高倉学寮の講師となって、多くの人々に教えを説いていかれました。87年のご生涯を通して語られたそのお言葉は私の心に沁みてまいります。

 11月下旬、札幌で上演されていたわらび座によるミュージカル、手塚治虫原作のブッダを観劇しました。この中でヤタラという人物が登場します。スードラ(奴隷)の身分であった両親は、ヤタラが幼い頃に主人に虐殺されてしまいます。父親は、殺される間際に、自ら調合した誰にも負けることのない巨人となる薬をヤタラに手渡し、毎日飲むように伝えました。しかし、薬のせいで巨人となったヤタラは、怪物として人々から恐れられてしまいます。そんな中、コーサラ国のルリ王子の母親アグリと出会います。アグリは、ヤタラを恐れることなく、親身になり、慈しみの心をもってヤタラの心を開いていきます。ヤタラもまた「本当のおっかさんみたい」だとアグリを慕っていくのです。そして、ヤタラは自らの心に溜まっていた苦悩を赤裸々に、あるがままに、子どもが親に甘えるがごとくアグリにぶつけるのです。「おっかさんはなぜ殺された?」「奴隷はなぜ殺される?」このヤタラの苦悩の問いに、私は肝腑を強くえぐられる思いがいたしました。

 この場面を観ながら私は、讃岐の妙好人と称される庄松さんの逸話を思い出しました。

庄松、平常綱をなひ、或は草履を造り杯致し居て、ふと御慈悲の事を思出すと所作を抛ち、座上に飛びあがり、立ながら、仏檀の御障子をおし開き、御本尊に向ひて曰く、「ばあばあ」。

 庄松さんは、縄ないや草履づくりをしながら、その間に子守やお寺の手伝いをしつつ生計を立てていました。ある時、庄松さんは、仕事中にふとみ仏のお慈悲に思いをめぐらすと、仕事の手を止めて、いてもたってもおられず仏壇の所までゆき、障子を開くや否や、ご本尊の阿弥陀如来に向って「ばーあ、ばーあ」と赤子のようにおどけたといいます。
 背伸びすることなく、強がることなく、赤子のごとく、自らのあるがまますべてをさらけ出すことのできる世界。庄松にとってそれは、み仏のお慈悲に抱かれた世界であったのです。

  称えるままが つねに御本願の みこころを 聞くことになる


 南無阿弥陀仏とお称えするお念仏は、何か自らの願望を叶えるための呪文ではありません。背伸びをし、強がって、人知れず悩み、人知れず不安を抱え、人知れず苦しんでいる私たちを、慈悲の願いをもって根底から励まし支えてくださる阿弥陀如来の喚び声です。一声、一声のお念仏の世界そのままが、我が子を包み込む母の喚び声のごとく、阿弥陀如来の大慈大悲のご本願の喚び声であったと聞かせて頂くのです。

 念仏を信ぜん人は、たとい一代の法をよくよく学すとも、一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智のともがらにおなじくして、智者のふるまひをせずして、ただ一向に念仏すべし 「一枚起請文」


合 掌



本山布教使 大野智也
(北海道 大真寺)

                            

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