真宗興正派 本山 興正寺

真宗教団連合発行の法語カレンダー、ご覧になったことがありますでしょうか?
毎月一つの法語から真宗興正派・本山布教使の方々にお話を頂く今月の法話です。

合  掌


 今月の法語は、花岡大学師(1909~1988)のお言葉です。この法語をうかがってまいりますと、『歎異抄(たんにしょう)』後序の

   弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
    ひとえに親鸞一人がためなりけり。


というお言葉が浮かんでまいります。この私に向けられている願いと救い、ともにあふれんばかりのよろこびが伝わってくるようです。

 大学師は、仏典童話の作家としても有名で数多くの作品をのこされています。その仏典童話の底辺深くには仏教の精神が流れています。幅広く、より多くの人が、このすばらしい教えにであってほしい。そういう思いが感じられます。

 私には小学生の息子がいますが、毎週学校から色んな本を借りてきて、「これ おもしろそうだよ」と紹介してくれます。
 珍しいかもしれませんが、私の住む地域では、日曜の朝7時半から読書放送といわれるものを行っています。対象は小学生全員です。
 地域の公民館に行き、放送施設を使って本読みをするのです。1年生は、一字一字確認をしながら丁寧に読んでいますが、6年生になると、速く読む子もいますし、感情を入れてわかりやすく読む子もいて聴いていて楽しいものです。
 窓を開けてその読書放送を親が聴き、おじいちゃんおばあちゃんが聴き、地域の人が聴き、「昨夜は、たくさん練習したんじゃろう」と目を細めています。子供の頃から本にふれるということはとても大切なことです。

 大学師は、浄土真宗本願寺派浄迎寺のご住職を務めておられました。妙好人(みょうこうにん)清九郎と同じ奈良県吉野の出身で、『妙好人清九郎』という小説も作っておられます。
妙好人清九郎を伝えるものに実成院仰誓師の『妙好人伝』があります。そこには次のように出てまいります

 毎日山に入り樵夫(しょうふ)のわざをなすに、鶯 二、三羽きたりて身にしたがい、山に至れば山に来たり、里に帰りなば里にきたり、相離れざること、およそ二年ばかりなり。清九郎不思議に思い暮らしけるに、・・・・鶯は、法を聞けとさえずる鳥なればと蓮如上人御病中のみぎり、ご賞翫ありし因縁を聞きて、年頃我に法を聞けとの催促ならんと初めて心づき、それより大切に法を聞くにつけて、本願の尊さの程も身に知り侍りぬといえり。

 清九郎は、蓮如上人の病中の因縁を通して、そういえば、この2年ほど私の身にいつもつきしたがっている、あの鶯は「ほう、ほけきょ」ではなく、この私に「法を聞けよ」と催促してくれていたのだなぁと気づいたのでしよう。

 私が教えていただいた先生は、よく次のようにおっしゃいました。 「本当は、みんな適齢期なんやで、お浄土参りの。私はまだや、とおもてるでしょう。しかし老少不定。今のうちに聞かせてもらわな」と、有り難く思い出されることです。

蓮如上人が、たびたび引かれました言葉に

おどろかすかいこそなけれ村雀 耳なれぬれば鳴子にぞのる


という言葉があります。阿弥陀様の必ず救う、その御本願のおいわれを聞けば聞くほどなれてしまい、村雀のように当たり前のように思っておりますが、本当は実にありがたいことであるなぁと感じるところです。


合 掌



本山布教使 川畑法英
(鹿児島県 広昌寺)

                            

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