【百九十八】承応の鬩牆 その七 「七箇条証拠」
2019.08.27
西吟の非を訴えた月感の「三箇条訴状」は承応二年(一六五三)三月一日、良如上人のもとに提出されます。この「三箇条訴状」の提出をうけて、西吟は三月五日、「七箇条御伺」と称される質問状を提出します。この「七箇条御伺」は、「三箇条訴状」で月感が西吟の非として述べていることに対し、七つの事柄を挙げて、その証拠や証人が存在するのかを問う質問状です。
一、学寮講談ノ時、自性一心ノ理談ノミニテ、御家ノ安心ノ談、少モ無御座候由、誰人ノ申候ヤ
一、十ニ九ハ禅家ノ一心自性ノ理観、残テ一分二
分ハ偏空邪見トハ拙僧所作ノ書ニ何ニ候ヤ
月感が西吟は学寮の講義で衆生には清浄な性質である自性が備わるということばかりを説き、真宗の安心については何も説かないと述べていることに対し、それは誰がいったことなのかということ、それに月感が西吟の書いた本には十分の九は禅宗の一心自性のことばかりで、のこりの一も空に偏った邪見が書かれていると述べていることに対し、それはどの本のどこに書かれているのかということを質問しています。このほか月感は西吟は師の口伝である師伝口業は必要ないといっているとして批判を加えていますが、これに対しても西吟はその証拠はあるのかと質問しています。
一、御当家、師伝口業ナトアル儀ハ、物ヲカシキコトトアサケリ申ヨシ、コレモ証拠候ヤ
この「七箇条御伺」の提出をうけ、月感は三月八日、「七箇条証拠」と『破邪明証』を提出します。「七箇条証拠」は「七箇条御伺」の七箇条の質問の一つ一つに答えた回答状です。『破邪明証』は「三箇条訴状」の内容を敷衍し、より詳細に西吟の非を述べる訴状です。
この「七箇条証拠」で月感は、西吟が学寮の講義で自性一心のことばかりを説いているというのは学寮の所化から聞いたことだと答えるとともに、所化の言葉だけでは確信がもてないので西光寺にこのことを確かめたところ、西光寺もそうだといったので西光寺こそがその証人だと答えています。
同宿中申サレ候如クニテ候ト被申候間、西光寺カ
証拠ニテ御座候
西光寺は西本願寺の御堂衆をつとめていた寺です。
十に九は禅宗の一心自性のことで、のこりの一も空に偏った邪見だということは所化衆の講義の聞書と、『私観子』という本に書いてあると答えています。
月感に証人だと名指しされた西光寺は「七箇条証拠」の別の箇所でも証人として名が挙げられています。月感は「三箇条訴状」で西吟は真宗の教えを勧化分と呼んでさげすんでいると述べており、ことに対し、西吟は「七箇条御伺」で誰がそんなことをいったのかと質問していますが、月感はそれは所化がいったことであり、西光寺も同意したと答えています。師伝口業を必要がないものとしてあざけったということも月感は西光寺が証人だと答えています。月感は西光寺の名を挙げますが、これにもっとも困惑したのは西光寺です。西光寺は事前に月感から証人になるよう依頼されましたが、西光寺には所化に同意して西吟に非があると述べたということなど身に覚えのないことであり、証人になることを断っていました。それにもかかわらず、月感は西光寺を証人だとしたのです。困惑した西光寺は三月十四日、西本願寺に月感のいっていることはあずかり知らないことだとの内容の誓詞を提出します。
この誓詞のなか、西光寺は月感とは最近の経釈文の読み方について、いまは文字の読み方はおろそかになっているが、昔は文字の声調である四声まで確かめたし、読み方にも口伝などがあったとの話をしたことがあるので、月感はそこから、西吟は師伝口業は必要ないものとしてあざけっていると主張しているのではないかと述べています。一般僧侶は能化に従い、各地の門徒たちはその一般僧侶に従うというのが月感の捉え方です。月感は能化の考えや行ないは僧侶のみならず、門徒たちにも影響を及ぼすと考えています。こうした見方からすると、何か悪弊が生じたなら、それは能化が原因で生じたものということになります。月感は西光寺との会話で、最近は口伝などもあまり重視していないということを聞き、そこからさかのぼって西吟は師伝口業は必要のないものだといってあざけっていると主張しているのであり、西光寺に聞いた話から思い至った主張であるために西光寺が証人だといっているのです。月感の西吟に対する批判にはこうしたこじつけのような批判や、些細な事柄を大げさに誇張して述べたような批判が多くみられます。
(熊野恒陽 記)